新 暮らしの絵日記

◯月△日 古家にいられるだけいよう

 世田谷の家は’83の夏完成だから、今年の夏が来るとまるまる29周年となる。だいぶん古びてきている。この前一番上の階の天井に雨漏りらしいシミを見つけて工務店の人に見てもらったら、屋上のすみに怪しげな箇所があったと診断あり。屋上の防水加工は何回かやっている。最近では4年ぐらい前だから、本当はまだ大丈夫らしいのだけど、壁の立ち上がりのすみは雨水がしみやすいらしい。どうもそこが原因らしい。
 コンクリートの箱形の家は勾配のある屋根とは雨の流れが違うから、けっこうトラブルも多いみたい。建ってすぐ台所の天窓から雨が降ってきたし、地階の天井からまるでバケツをひっくり返したみたいに水が落ちて来たこともあったし、壁がぬれてきのこが生えてきたこともあった。その度に修理をしなければならないので、家を持つことは建てた時からトラブルが始まるということなんだと思った。
 でも家を持ちたいと思った頃は、そんなことが待ち構えているなんて夢にも思わない。家を建てたら家賃もいらないから得として、家は一生ものと考えてるから借金までして買うのだ。私も20年ローンで世田谷の家を建てた。ローンの支払いが終了した時のほっとした気持ちはいまだに忘れられない。そこまでして買った家というものと、これから先どうつき合っていくか。数ヶ月前に老後のマンションを買うのをあきらめた。(前号)ので、今はもう一度家と向き合うつもりで家の壁の掃除をし始めた。ペンキ塗り替えはそのうちしなければならないとしても、とりあえず今気持ちよく暮らすために。家にいる時間を楽しくしたいからね。とにかく階段を上り下りできるうちは世田谷の家にいることに決めたよ(また考えが変わるかもしれないけど、今のところは)。

○月△日 パンが好き

 今日は出社する時にちょっと回り道をして、おいしいパン屋でバゲットとカマンベールチーズを買う。焼きたてのパンはおいしい。特にバゲットは焼きたてがおいしい。バゲットなるものを初めて食べたのは26歳のころパリに行った時だったと思う。今から45年前(えらい昔のことになる)、すでに日本にドンク(フランス風パン屋)はあったそうだけど、私は26歳以前に食べた記憶はない。’70年創刊の『アンアン』の時代には六本木にあったドンクでバゲットを食べたように思う。
 それにしてもおいしいパンが食べられるようになって、お米のごはん離れになってしまう。温かいごはんもおにぎりもお寿司もチャーハンも丼も好きだけど、パンも好きという人が増えた。パンのせいで米作が立ちいかなくなったそうだけど、洋服に切り替えてしまったから着物の生地を製造している人たちの技術が廃れてしまったことと同じ現象だわね。これらは時代の流れなのだろうと思う。この修正は難しいと思う。もうもとには戻れないと思う。朝は角食パンの6枚切りを1枚トーストして食べることになってしまっている私の生活は、たとえホテルの朝食バイキングでごはん、みそ汁、鮭の焼いたの、卵焼きがおいしそうに並んでいても、トーストパン、プレーンオムレツ、フルーツ+砂糖なしのヨーグルト、コーヒーを選ぶ。もう体が朝はパン食になってしまっているから。

○月□日 街は新しく、私は老いる

 渋谷にまた大きなビルが建った。前は東急文化会館だった。映画館があって、プラネタリウムがあったビルだった。新しいビルは大人も楽しめるビルということだ。人が集まるんでしょうね。入れ物を作る、そうすれば人が集まり経済が活性化するといわれてるもの。六本木ヒルズ、新丸の内ビル、表参道ヒルズといった建物は人集めに貢献した。でもでも、次々新しいビルが建つから、人の興味が新しいビルに移ってしまうみたいで、古いのから順に活気はなくなっていると思う。最近は東京スカイツリー周辺がさわがれている。私はスカイツリーを見に行くことはなさそう(あんまり観光に興味がないから)。渋谷は子供の街的な作りになってしまった。センター街なんて大人が歩くと浮いていたもの。私は東急ハンズとか東急本店とか東横店とかに用がない限り渋谷には行かない。こんどの新しいヒカリエビルは本当に大人も楽しむことができるのかしら。
 実は私の結婚式は東急文化会館の中の結婚式場だったの。夫の家族が式をあげることにこだわって、近場でさがしてそこになったの。お金もなかったしねえ。あれからずいぶん年月が流れてしまったなあ。




「住む。」No.42 (2012年8月 株式会社泰文館発行)
P10-11《新 暮らしの絵日記 第18回 大橋歩》より抜粋

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