今日のわたし
夫の口ひげはほぼ真っ白なんだ

 「歯がだめになってどっと年をとった」
 と夫は私のことをいうのです。
 「そりゃそうよ、あれ大変だったもの」
 と返すと、
 「でもまあ年だからな、仕方がないさ」
 と力なくぼそぼそ。
 昨年、強化ガラスに激突して、差し歯をつなげたブリッジという方法でおさまっていた、左の上の歯全部を損傷しました。その治療は、それはそれは時間がかかり(もちろんお金も)、その上決して満足した仕上がりではなかったので、私の中のなにかが崩れてしまったのでした。それが急に老けた原因だと自分では思っている。
 今は前歯から左の歯全部と右奥歯2本が、いわゆる入れ歯になっているのです。入れ歯の歯茎は金属が入っているので、不健康に見える茶がかかった肉色をしています。歯医者さんにはよく出来た入れ歯のようでしたけど、私には哀しい出来の入れ歯でした。このことはどうにも仕方がないようなのでした。
 でもね、せめてせめて右の歯3本を残してくださいと説得してよかったのでした。最初は全部取ってしまって根に磁石をうめるといわれたのでしたから。左犬歯の奥のも残してもらえると思ったのでしたが、根にひびが入っているというので、今は入れ歯を固定する磁石が入っています。
 で、入れ歯は金属の支えに樹脂の歯茎がついてできています。当然上顎は狭くなったので、しゃべりにくい。歯医者さんはすぐ慣れますとおっしゃったけど、ぜんぜん慣れませんの。
 こういう入れ歯しか方法がなかったのだから、あきらめるしかないと思ってきました。
 寝る時ははずします。夫にも見られたくないから寝る直前にはずします。幸い家を出ていった息子の部屋が私の寝室。夫は別寝室。それでも毎晩しみじみ、なんて哀しいことなんだろうと思うのです。
 まだあきらめきれないでいるのです。あきらめてしまえばそこからまた自分の中によしとすることが始まるんでしょうけど。
 「歯がだめになってどっと年をとった」という夫とは同い年で、ずーっと顔を合わせて生きてきましたから、私の状態は彼の状態でもあると思っていると思います。(私はそう強くは思わないんだけど)。私が元気だと自分も元気だと思え、私にしわやたるみが目立つようになると、彼もその年と認識するみたい。

 だから夫は私に元気でいてもらいたいらしいのです。
 近ごろ夫婦っていいと思う。うちのように同い年だと年くっているのに若いつもりの無理はしないもの。とにかく等身大の見本と毎日顔を合わせているからね。
 なんて年くったことをなだめていたら、若い人が、
 「年とって口まわりに白い毛のまざった雄犬を飼っている人が、最近若い雌犬も飼ったんですって。そしたら雄犬の白い毛がなくなったんですってよ」
 といいましたの。
 「へー、そんなこともあるんだねえ」
 と私感心したけど、なにやら複雑な気持ちがしなくはなかったのでした。

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