新 暮らしの絵日記

○月□日 京都の暮らしに少し馴染む

 京都に部屋を持ったことで前よりずーっと頻繁に京都に行くことになっている。奈良や神戸で仕事をして、その日は東京に戻らず京都の部屋に泊まって、翌日はちょっとぶらぶらして東京に戻るとか。ぶらぶらはするけどなかなかお寺に足を運ぶことがないし、桜の時季も桜の名所に行くこともしない。今までの観光京都とは違った味わい方をしているといえばそうだけど、ただだらだらすごしているにすぎないのかも。
 そんなある日、知人から「すごーくいい店舗物件がある」という情報をもらった。実は以前、ミナ ペルホネン京都に取材で伺って、ミナさんが入っている古いビルに憧れ、同じビルに空き家が出たら教えて欲しいと頼んでいた。でもそんないいビルなら借り手も多いだろうし、なかなか連絡はこなかった。ちょっとそのことを忘れかけていた頃に知人からの情報で、急にもりもり気持ちが燃えて、とうとう借りることになった。つまり京都にお店を持つことにしたということ。「いい年してなにやっているのよー」といわれかねないけど、最近思うことは、年だからおとなしくしていたら脳も体も衰える。脳も筋肉も使わなければ使いものにならなくなる。まあ私の無計画さを自己弁護しているといわれればその通りかもしれないけどね。でももう「いつか」やろうの「いつか」はほぼない。「今でしょ」の流行語は私にはぴったりだと思う。

○月△日 建築家、永田昌民さん

 お亡くなりになって少し日がすぎました。私より1歳年下でいらっしゃった。ご病気を持っておられたので、まわりの方はご心配であったと思う。目白のお仕事場には伺えていたけど、移られた小平の方には伺えなかった。私の病気が、体力の低下している人と赤ちゃんには近づかない方がいいと医者にいわれていたので、治ったらと思っていたけど、間に合わなかった。今まだ私は投薬中。完治にはあと2か月らしい。老人とくくられる年齢になると、体に異変が起きる人も多くなってくる。永田さんが長いこと抱えていらっしゃったご病気も、きっと体力低下とともに支えきれなくなられたのかも知れない。
 永田さんのお仕事を若い住宅建築家の多くが尊敬している。この前も永田さんのうちに住んで(私)どこが一番よいと思うか? と聞かれた。私は家3軒とマンション改装1軒と店舗2軒をN設計室(永田さんの設計事務所)にお願いしてきた。店舗は別として生活として使っている家は、まずキッチンがとてもよくつくられていると思っている。毎日朝晩、合計約3時間はいるキッチン(既成のシステムキッチんではない)の使い勝手は主婦にとって家そのものの使い勝手ともいえる気がする。永田さんの家はどこもとても誠実につくられている。もちろんキッチがよければ他の部屋の使い勝手も当然いいということ。永田さんは男だから不思議な気がするけど、きっと住宅建築はそういう感覚がないと駄目なのかもしれない。たくさんの永田さんファンを残して永田さんはお亡くなりになった。それから私が永田さんの住宅を最初に見て憧れた「狛江の家」は、亡くなられた数か月後にこわされたそう。施主が亡くなってなお老朽化が進むと、家の存続はむつかしくなる。家の寿命は、今はそう長くはないみたい。みんな新しい家が好きだから、うちの家も私がいなくなったらきっと存続はないと思う。

○月□日 着る物

 着る物が小さい頃から特別に好きだった。中学の時にはお小遣いをためて布を買い、スタイルブックを見て形を決め、母に作ってもらって着ていた。制服のある高校では特別仕立てで制服違反をしてもいた。先生に忠告を受けたこともあった。でも自己顕示欲が強かった訳ではなかったと思う。すごーくシャイな性格だったから。ただ服装からはそう見えなかったと思う。おばあさんになって今もコム デ ギャルソン(主にコム デ ギャルソン・コム デ ギャルソンというブランド)の服を毎シーズン買って着ている。コム デ ギャルソンのは、もう40年は着続けているから、気張って着ている気持ちは特別にない。一番馴染むような気もしている。
 実は私は大人の服を作って販売している。だけどコム デ ギャルソンの服も着る。前にうちの会社でアルバイトをしてくれていたパタンナー志望の若い男の子は、着る物のほとんどを手作りしていた。革のコートやショルダーバッグまで手作りだった。彼はあるデザイナーブランドから独立したデザイナーに正式に雇われた。その人に「良い服を買って着ないと勉強にならないよ」といわれたらしい。彼がうちにいる時、私はそういう正しい考えに至らなかった。今、私が自分で作っている服よりコム デ ギャルソンの服を着ていることが多いのは、彼の上司の正しい考えと同じ考えで着ているわけではない。ただただ今も着る物が好きだからだ。今日はうちの夏のタートルネックとジャンパースカートにダニエラ グレジスの夏のセーターを着て、その上からコム デ ギャルソンの夏のコートを着、ポール ハーデンの靴を履いて外出した。




「住む。」No.50(2014年8月 株式会社泰文館発行)
P12-13《新 暮らしの絵日記 第26回 大橋歩》より抜粋

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